生きる目的は
目的ある人生を生きること
 春特有の柔らかな青が世界を包む。 
 風が遠くから運んできたのは桜の花の淡紅色だ。 
 玲司が歩くのは帰路。 
 高校卒業間際の彼は、小春日和に哀愁を感じつつ空を見上げた。 
 自宅はもうすぐ。そう、すぐなのだが――。 
「……どこの家だよ、穴掘ってるの……」 
 家に一歩近づくたびに大きくなっていく不審な音。 
 一歩。続く数歩。玲司は自宅の敷地内に足を踏み入れた。 
 一歩。さらに数歩。音は明らかに玲司宅から発生している。 
 最後の一歩で、家の塀に隠れつつ庭を覗けば――。 
「なにやってんの、お前……」 
玲司の家の庭に、大穴を掘る隣人、鈴助の姿があった。 
「目的ある人生を生きている最中だ」 
 鈴助は、玲司に背を向けたままで答えた。手元は、相変わらず一心不乱にスコップで大穴を広げている。 
「自分の家でやれ」 
玲司がすかさず言いつつ、鈴助の背後へとまた一歩進んだ。 
「お前の家でやることに意義があるんだ、なんていっても、これは落とし穴だからな」 
「言ったら意味無いだろ、それにもう、ばれてる」 
玲司はひそかにため息をついた。 
 相変わらず、意味の分からないやつだ。という意味合いをこめた玲司の木皮色の視線が、鈴助の背にハグするようにまとわりつく。 
 一方、鈴助の掘り進む穴はすでに人一人が余裕で埋められるほどに。 
「よし!」 
鈴助が声を上げ、そして漆黒の髪を春風に舞わして立ち上がった。 
「早々に戻しとけよ」 
冷たく言い放ち、家の縁側から中へ上がろうとする玲司。その背に、鈴助から一言だけ不吉な贈り物。 
「誰がひとつだけだと言った?」 
直後、玲司の視界が爆発的な速さで浮上。否、俺が沈んでるんだ。そう彼が気づくもときすでに遅く、一瞬後には背中から穴に突っ込んでいた。 
「生きる目的は目的ある人生を生きることだ、またな」 
穴の底から見上げた空、鈴助が満足そうな微笑を湛えて去っていくのを、玲司はただ見流してしまっている。 
「って、掘った穴埋めろよ!アホ!」 
春のそよ風に、玲司の叫びが襲い掛かっていた。 
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