俺の小指には、糸が巻きついている。
それは小指から少し先まで見えるがその先は透明。しかも、他人には見えない。
運命の赤い糸?
そんなのだったらどんなに良いか。
だってその糸、黒いんだよ。
そして、その糸がつながってるのは、村はずれに住む悪友兼変人の小指だ。

黒い糸

俺は、自慢じゃないが人気者だ。いや、むしろ自慢だ。
小さなこの村の次期村長だとか言われるくらいの人気がある。

そんな俺と唯一の同世代、村はずれに住む魔法使いの端くれで俺の悪友兼変人、そしてトラブルメーカーとして有名なソイツが、昔、急に一人暮らしの俺の家におしかけてきた。そう思っていた矢先、さらにいきなり俺の小指に黒い糸を巻いてきたのだ。
何だよ、これ。と俺が視線だけで聞けば、ソイツは天真爛漫に微笑んで、
「ん〜、聞いて驚くな!主と下僕の糸だぁ!」
と、機嫌良さげに言い放ってくれた。
 ちなみに、黒い糸の右の端にはソイツの小指。左端には俺の小指だ。
 更に補足で説明すると、右端のほうが主で、左端の方が下僕だそうだ。
 もっと補足すると、その糸はソイツが作ったそうだ。ソイツは、変な道具を作るのが趣味だ。効果は、主は下僕をいつでも自分の所に呼び寄せられるらしい。何だか知らないが、一瞬で着けるってことらしいが。そして、巻きつけたら誰であろうと取れない。
 俺は初めてそれを知ったときになんて事をしてくれるんだ、と思ったが、ソイツは糸で俺を瞬間移動させることは無かった。
 意味のわからない奴だ。なんて、何度思った事か。

ある日の事、俺はソイツの姿を長く見ていないことに気付いた。しかし、ソイツは何かの研究を始めると何ヶ月も顔を見せないことだってある。そんな事を俺は頭の隅に考えて、村の仕事が終わってからソイツの様子を見に行こうと思った。

少し仕事が長引いて、辺りは青い空が闇の手を導きつつ去る寸前。
俺は村外れのソイツの家の前に立つ。そこで不思議な事に気が付いた。
真っ暗だ、家の中が。研究に没頭するにも明かりが無ければ何も出来ない。
留守なのか?そう思って家のドアに手をやれば、小さく音を立ててそれは開いた。
中から漂ってきたのは冷たい空気と生臭い空気。俺は自然と顔を顰めつつ家の中に入った。そしてソイツが昔作った、触れるだけで明るく部屋を照らす水晶玉に触れる。
辺りを照らす柔らかい光にほっとしつつ、室内の状況に目をやった瞬間、俺の心臓が一瞬止まった。
室内は、惨状だった。
元は赤かっただろう今はどす黒く変色し乾いた液体が、床のいたるところに飛び散り、部屋はテーブルの位置が大幅にずれ、皿や実験に使うガラス器具は割れて散乱している。
「……な、何だこれ!?」
俺は驚愕した。
「おいっ!いないのかっ!?」
このワンルーム風呂トイレ付きの家の主に呼びかけるも、返事は無い。もしや風呂かトイレかにいるのかと探しに行ったが、そこにもソイツの姿は無かった。
 嫌な予感が頭を過ぎる。俺の住む村周辺では、魔法使いは希少種扱いする国が多い。捕らえて国に協力させるということをする事が多いのだ。そしてもしも魔法使いが非協力的な態度を取ると――。

 俺の全身の血が、凍った。

 俺はソイツの行きそうなところを自分の足で思い当たる限り探したが、ソイツは見つからない。何処へ行ったんだ、と心の中で俺は叫んでいた。その時にふと思い出した黒い糸の存在。しかし、それは途中から色を失っているので、手繰って探すなんて便利な芸当は出来ないのだ。
 くそっ!なんで肝心なときに俺を呼ばないんだ!
 俺は走り疲れてその場に座り込んだ。そして黒い糸が巻かれる小指を無意識に握る。

 何処か行くんならいくって言え!

 部屋の荒れようは何なんだ!?

何処にいるんだよ馬鹿野郎!!!!

 一際強く思ったとき、辺りが淡い光に包まれた。いや、俺がだ。俺が淡い光に包まれたんだ。見る間もなく周りの風景が崩れて、再形成されていく。
 「……?」
森?
辺りの風景は、村から森の中へと変わっていた。
 「うわぉぅ、なんであんたが」
背後から、聞き覚えのある声が聞こえる。それはまさしく俺が探し回っていたソイツの声。
 振り返れば、籠を抱え、それにいっぱいの木苺を摘んだソイツが、目を見開いて立っていた。
 「なにやってんだ、馬鹿野郎!!」
 「な、なに言い出すんだボケ!!!」
 ほとんど反射運動で帰ってきたそいつの言葉に、ボケはどっちだ!?俺は思わず言いそうになったが、どうやら無事らしいソイツに気づいて、とりあえず安堵の息をついた。
 「お前、何処行ってたんだ、マジで焦ったんだからな」
 「え?ちょっと木苺摘みに森の奥まで?」
そう見えるでしょう?ホントは違うけど。と、ソイツは人の気も知らないで呑気に言ってやがる。
 「なにやってたんだよ、部屋は大変な事になってるし」
 「あぁ、アレは輸血血液を作れる道具でも作ろうか、と思って。血を作ったところでまではよかったんだけどさ、誤作動こして爆発してぇ、色々割れたりして片付けるのがめんどくさいから、とりあえず森の妖精の集落に泊めてもらってたんだ!」
そんなものあるのかよ!!?初めて知ったぞ、森の妖精の集落なんて!!
「でね、この木苺もらったんだけど、重くって」
「それで俺を呼んだのか?」
「はぁ?」
俺が言った瞬間に、ソイツは不思議そうに首を傾げた。
 コイツは俺を呼んでいないのか?でも、確かに場所を移動したなぁ……。
「あぁ、もしかして、俺がお前を探してるのを感じて、俺をお前のところに呼び寄せたのか?」
黒い糸に視線を寄せて、俺は言った。そうしたらソイツは丸っこい目を自分が作った黒い糸に目を向けて、口を開く。
 俺は何を言うのかと思って聞けば。
「勝手に作動したの?不良品だな」
いやいやいや。そこは感動する所だろう。
 俺は思わず心の中でそう思ってしまった。そしてさらにソイツが小指に絡まる黒い糸をつまんで引っ張れば、するりと取れたそれ。
「取れねーんじゃねーのかよ!!!!」
俺の叫びが、森中に響いた瞬間だった。