先の事件から数日後の静まり返った礼拝堂。日の光が女神フォリシテの像を神々しく照らした。
「……お父様、敵を……」
リーゼはテラスで、亡き父に思いを馳せている。真白い床石には、まだかすかに父の血痕が残っていた。
 風が、吹き荒れる。遠くから花弁が一枚、風に乗ってリーゼの下に降ちた。
 それは、真っ白いはずの花弁。しかし、何かに踏まれたのか、薄茶色に汚れてしまっていた。
 リーゼはそれを手にとる。暫し、彼女のダークブルーは悲しげに汚れた花弁を眺めていた。そして、何を思ったのか、テラスと庭の境界まで行き、花弁を土へと返す。
「……よし」
 リーゼが呟いた、直後。
「オヒメサマ、次は?」
 手摺り越し、庭――と呼ばれる林の方からレメディスが姿を現した。彼は騎士服姿のままで、大きな木鋏を持っている。
庭師用の作業服になら似合うその道具も、騎士服にはどうも似合わない。リーゼはそう思い、我知らずの内に笑っていた。
「ありがとう、もう良いですよ、レメディス。怪我もあるのです、ゆっくり休んでいらして」
 言った直後、迫ってきた何者かの足音。
「ゆっくり休んでる暇なんて無いよ、リーゼ。まだ外交に少し難があるんだ」
 足音、そして声の主はエルヴェだった。
 奴隷番号RからTは秀奴隷といい、政治、軍事に特化した特別な奴隷である。その彼は、リーゼの元でその力を存分に振るっていた。ただその奴隷というもの自体は、もうなくなっているが。
 彼らは自由になったのだ。
 厳しく言うエルヴェに、リーゼはたまらず漏らしたのは、苦笑。
「先ほど休憩を貰ったばかりなのに。じゃあレメディス、あまり無理はしないでくださいね」
 一言、労いの言葉を残し、リーゼは行ってしまった。
 その場に残ったのは、木鋏を持て遊ぶレメディスと、それをじっと見つめるエルヴェ。
「レメディス」
 優しげなサンシャイングリーンが、レメディスの幻想的なファントムグレーを射抜いた。
「なんだよ。その生意気な目」
 助けてやった恩を忘れたのか。とレメディスは小さく呟くが、それは彼には届くような声ではない。
 じっとレメディスを見つめるエルヴェ。その視線に篭るのは、明らかなる敵意だった。
 居心地が悪いらしく、レメディスは、自分の長髪を撫でた。
 それと同時、エルヴェは意を決したらしい、眼光が更に鋭くなる。そして彼は口を開いた。
「リーゼに近付くなよ!」
「……なっ!?」
 行った途端、エルヴェは走り去る。
一人、やりきれない何かを胸に抱き、レメディスは白い花の林に取り残された。



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