ドアの向こうには。
「ユー、覗くな」
なけなしのドアを開こうとするユーを、言葉で牽制するレメディスの姿があった。続けて、レメディスの奴隷の片割れ、スカーレットの髪のビス。彼が中腰で板切れに耳を当てているのをファントムグレーの瞳で捉えた。
「ビス! 聞き耳を立てるな」
怒声と共に、拳一つを贈る。
「二人して馬鹿か! ビス! 殴るほうのことも考えろ、てめぇの頭は硬てぇんだよ!」
「……あいつ着替えてなかったよ」
ユーの抑揚の無い声が、レメディスの怒鳴りに小さく付いてきた。
「はぁ?」
 溜息混じりに怒鳴り立てていたレメディスが、そんなまさか、と呟いた。そして声の主に向け、瞳で小さく抗議。レメディスは、その場にしゃがみこんだ。ちょうど、彼がそうした時の高さにある、一つの穴。それは部屋の中が十分見える大きさの穴だった。
「あー、レメディス様も覗いたぁ」
レメディスの頭上から、ビスの気の抜けるような声が降り注ぐ。間髪いれず、レメディスが声を荒げた。
「うるせぇ、黙れこのスポンジ頭」
「俺の名前はビスですぅ」
「名前の事言ってんじゃねぇよ、頭ン中の事言ってんだよ」
 部屋の中の様子を確かめたレメディスが、細く長い足を伸ばし立ち上がった。無礼を承知、ノック無しで室内へと乗り込もうとする。しかし、中から彷徨い出てくる微かな泣き声が、彼の耳に届いてしまったらしい、彼はその手を止めた。
 一つ、レメディスは溜息を吐き出す。そして反転、扉に背を向け、寄りかかった。
一連のレメディスの動作を、不思議そうにユーが見つめている。
ユーのオブシダンの視線など気にも留めていないレメディス。そして自らの顔の横、手の甲をドアに向けた荒いノックが三度、リーゼに投げかれられた。直後、レメディスは何かを振り払うように、大きく息を吸い込む。
「おヒーメ様?君、監禁されてんだ、分かるか?俺たち誘拐犯。理解できてるか?俺たちの言うこと聞いたほうが無難。解釈どうだ?」
「誘拐……」
 板切れの向こう、リーゼが小さく呟き落とした。
「そう、君がどうなるかは、ぜーんぶ俺次第。ここ理解するところだから」
 冷たい声音で言い放ち、レメディスは表情を歪める。一つ、舌打ち。そして歩き出した。
「……レメディス様」
「レメディス様?」
二人の奴隷が、訝しげに主人の名を呼ぶ。
「ユー! お前見張ってろ!」
静かにユーは頷いた。
「ビス! お前は薪でも割れ! 夜は冷えるからな!」



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