「レメディス」
 リーゼが、小さく呼んだ。彼の幻想的なファントムグレーがリーゼを一瞥する。そうするも、すぐにレメディスはエルヴェへと視線を戻した。
「お前、誰だ? お姫様をどうする?」
 レメディスの好青年風の声が、どこか威嚇的だ。
「僕はエルヴェ。リーゼは城に帰りたがってる。だから、連れて行く」
「城の奴らじゃねぇな」
エルヴェの的を射てないような返答を聞いているのか、否か。それは定かではない。ただレメディスの目は真剣そのものだった。
「わからない」
「構えろ」
 一触即発の雰囲気。レメディスが持っていた剣を抜き、鞘を落とす。湿った落ち葉がつぶれる音が微かにした。
「レメディス! やめて!」
 堪らず、エルヴァの影でリーゼは叫ぶ。涙に濡れるダークブルー、震えた声。
 風が吹いた。不吉を運ぶような風が。リーゼのキャラメルブラウンの髪を揺らし、エルヴェのブロンドが踊る。そしてレメディスのファントムグレーを散らすと共に、リーゼの泣き声を辺りに広げていった。
 レメディスが一つ、息を吐く。
「オヒメサマ、君が口を出すところじゃない」
 あやすような響き。そして、彼の眼光が鋭く変化。レメディスのファントムグレーが、エルヴェのサンシャイングリーンを射抜く。
「リーゼ、下がってて」
 エルヴェが、泣くリーゼを後ろへと追いやった。
 直後、甲高い金鳴りが森を揺らす。
エルヴェは元いた位置から一歩も動いていない。
彼はレメディスの長身から繰り出された上段の剣撃を、歯を食いしばって受け止めた。
 短い鍔迫り合い。
 二人の間を、不吉な風が駆け抜ける。
辺りの木々がざわめく。音も無くファントムグレーとサンシャイングリーンが、互いの瞳を映した。
どちらが浮かべたでもない狂的な微笑。二人が相手を弾き飛ばす。
「いい反応だ」
レメディスが飛ばしたのは、エルヴェへの賞賛。それは明らかなる余裕。まずは小手調べとでも言ったところか。しかし次には――。
レメディスが地を蹴った。
先ほどよりも早い体捌き、剣撃。
左からの薙ぎ払いの一撃。
エルヴェは辛うじてそれを避ける。が、レメディスは早かった。
まだ斬撃をかわした体勢のままのエルヴェに容赦なく蹴りを浴びせる。
レメディスの長躯から繰り出される蹴りは強力だ。鋭く、重い。
蹴り、蹴り、蹴り。流れるような見事な体術。
紙一重のところでエルヴェは避けるが、全てを避けきるのが難しいのは明白。
 最後、突くような蹴りがエルヴェに命中。彼は体を浮かされ、地に倒れ込む。
 辺りが、しんと静まった。いつのまにか、朝日が金色を帯び、森を小鳥の鳴き声が彩り始めていた。
「エルヴェ!」
二人を見守っていたリーゼの悲鳴のような声が、森の静寂を打ち破る。倒れたエルヴェに駆け寄ろうとする彼女。それを、レメディスの骨張った手が止める。
「レメディス! どうして……」
「大丈夫だ、気を失う位しか蹴ってない」
 落ち着き払った好青年風の声。微笑。それはまさしくリーゼを落ち着かせるためだけに用意された代物だった。
「泣くな。俺も、君を守らなくちゃならない。こいつだってそのつもりだったんだろう」
「まだ、終わってない」
声。
それは苦しそうな声だったが、確かにエルヴェのもの。

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