「あんたは強い。頭を使わなくちゃ、勝てない」
 よろけながら、エルヴェは剣を杖代わりにして立ち上る。彼は、瞼を伏せた。
「リーゼ、貴女の嫌いそうな手だけど」
エルヴェが残念そうに眉を下げた。直後、エルヴェは低く駆け出す。そして未だ気絶しているビスに、剣の鋭い切っ先を向けた。
「殺されたくなかったらリーゼから離れて、剣を置いて。さぁ、こっちへ」
 レメディスが、小さく舌打つ。そして忌々しげに剣を投げ捨てた。
「奴隷を庇うの? 良い人だね、でもさようなら」
 剣を構えるエルヴェ。それをファントムグレーの瞳で認識しつつ、レメディスが、もう一度、一つ舌を打った。その時、魔法のようにレメディスの手に現れた短剣。それは一体どこから出したのか、リーゼには分からなかった。それでも、リーゼは叫ぶ。
「殺さないで!」
どちらにとも無い、両名に言ったのだ、リーゼは。
声の直後、レメディスの腹をエルヴェの剣が貫通した。そこから、血が溢れる。
レメディスも隠し持っていた短剣でエルヴェの首を狙った。しかしリーゼの声もあり、失敗。その刃は彼の服を裂いただけで、湿った枯葉の上にむなしく落ちた。
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! レメディス! レメディス! 血が! 血がぁ!」
 倒れるレメディスに駆け寄り、リーゼは彼の傷口を押さえた。
 レメディスの怪我は、傷の大きさにしては出血が少ない。しかしそれに気付くことも無いリーゼ。父も似たようなことになったのだ、それがリーゼの混乱に拍車を掛けているのだろう。
 一方、エルヴェは。斬られたぼろの服。そこから見えた鎖骨の辺り。
「……これは、この、番号は?」
R〇〇二。エルヴェの鎖骨辺りにあった焼印。それは、ユーやビスと同じであった。
「……奴隷、ばん、ご、う? 奴隷番号R〇〇二……?」
 エルヴェは不思議そうにその番号を指で撫でる。それは、擦っても取れはしない本物の焼印。
「レメディス様!?」
遠く、といってもレメディスとビスの状況を確認できるほどの距離で、ユーが声を上げた。いつの間にそこに居たのだろうか。
ユーはレメディスの血を見るやいなや、血相を変えて走ってきた。
「行こう」
 エルヴェが現実を見、赤く染まったリーゼの手を引いて走り出す。
 ユーはそれをオブシダンの瞳で睨みつつも、追ってくる様子は無かった。



前へ 戻る 次へ